パン屋さんのフィールドワーク・その3 バス停のパン屋さん「フタバベーカリー」 〜中野のコロニー印刷所(東京コロニー)〜
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1 東京コロニーについて |
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私たちは6月4日、武蔵大学から徒歩15分の東京コロニーのパン部門を訪ねました。まず、東京コロニーについて説明します。 東京コロニーは今から52年前に発足しました。もともとは肺結核のため、仕事に就くことができなかった人々が、回復した後自分たちでできる仕事として活版印刷を選び、始めたのが最初です。その時の人数は、わずか5,6名という人数でした。 そして1968年に社会福祉法人東京コロニーとして認可され、1971年に現在の場所に、身体障害者授産施設として、コロニー印刷所が設置されました。この施設は、作業能力と働く意欲がありながら一般企業に雇用されることが困難な障害者の就労支援事業で、自立と社会経済活動への参加を促進するために、必要な訓練・就労および生活に対するサービスの提供を行うことを目 |
的としています。現在の利用者には身体障害者だけでなく、知的障害者、精神障害者の方もいます。 コロニー印刷所は、中間施設という役割も持っています。中間施設とは、一般企業に就職するために必要な技術・技能を身に付けるための施設であり、通過点です。実際に一般企業に就職している方もいて、主な職種はパソコンを使った事務職が中心です(1998年から2002年までで、計7名)。はじめは年入所施設として、寮がありましたが、2002年から通所施設へと用途変更しました。さらに2003年5月、パン部門が発足しました。 現在、東京コロニーは都内6ヶ所に施設を設け、620名が働いており、そのうち330名が障害者です。その中の55%は第一級という重度の障害のある人です |
2 バス停のパン屋さん「フタバベーカリー」:河野氏との出会い |
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コロニー印刷所では2003年5月から「フタバベーカリー」という名の地域住民も利用できるパン屋が開店しました。バス停の目の前にあるため、美味しそうな匂いに誘われて購入していくバス待ちの客も多いそうです。店頭販売の他に、中野区内のいくつかの事業所へ移動販売も行っています。一日の売り上げの平均は2〜3万円。決して大繁盛と言える額ではありませんが、この「フタバベーカリー」では売り上げの利潤を目的としているわけではありません。この「フタバベーカリー」も当然、福祉授産施設の一部であり障害者が知識や技術を身に付ける一環として設けられています。店内はそんなに広くはありませんが、パンを焼いている工房のすぐ隣にあり、焼きたてのパンが直接運ばれてきます。売り場には端から端までが1メートル位で3段からなる棚に、食パン、あんぱん、クリームパン、ツイストドーナツといったベーシック |
なものから、オリジナルでは「おいなりパン」というユニークなものまで並んでいます。これはシイタケの砂糖醤油漬けを中に入れたパンを油揚げで包むというものです。ちょうどパンが米の代わりをしています。店内では実際に障害の比較的軽い方がレジ会計などの仕事もしています。その際、おつりなどの計算がしやすいようにパンの値段は50円単位で設定されています。 そもそもコロニー印刷所では何故パン屋が開設されたのでしょうか。パン屋が開設される事になったきっかけは河野氏との出会いが関係しています。 |
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河野氏は「フタバベーカリー」で販売している全てのパンを考案し製造しています。彼は元からパン製造業に携わっていたわけではなく、元は歯科技師でした。結婚後、2番目の男の子が先天性の遺伝子障害であるダウン症候群という障害を持って生まれてきました。息子の将来に何か役立つ仕事を用意してやりたい、という思いから河野氏は歯科技師を辞めパン屋になるための修行ののち独立し、障害をもつ親の会を通してコロニー印刷所という福祉授産施設にも出会ったのだそうです。そして河野氏とコロニー印刷所が協力して出来たのが現在の「フタバベーカリー」です。(ここからは親しみを込めて河野さんと呼ばせていただきます。) 私達が見学した時の印象では河野さんはとても明るく元気で「いらっしゃい」と声をかけてくれました。歯科技師を辞めてパン屋の修行をするなんてとても覚悟がいることだと思います。 |
並大抵の努力ではなかったことでしょう。しかし河野さんにとっては愛する息子さんのためであり、苦には感じていなかったかもしれません。 今日も河野さんはコロニーの人々と協力しながら笑顔でパンを焼いています。 |
3 コロニー印刷のようす ①コロニー印刷所の敷地内には二つの建物があり、地下一階地上四階建ての方はおもな職場(作業場)や食堂、保健室などが入った棟で、もう片方の二階建ての建物は、一階が「フタバベーカリー」と、タオル折りや児童雑誌のふろくの組立などを行う作業場、二階がオフィスになっています。 主な職場となっている棟は、一階は、総務や業務などの部屋があり、入り口正面には食堂が位置しています。この食堂はコロニーの利用者は無料で昼食が利用でき(職員は有料)、一日約75食分ほどつくられます。希望をすれば夕食も食べられるそうです。 エレベーターで四階へ・・・。四階に上がってくると、そこはもう本格的な印刷原稿の制作室で、約二十名ほどのコロニー利用者が原稿を制作しています。ほとんどのひとがパソコンを使って作業をしています。自分がもっている障害にあわせて机の高さをかえたり、文字入力をするのに専用の機械を使っていたり、足を器用に使ってマウスポインタを動かすなど、それぞれの方法で作業をすすめていました。 三階に下りるとそこも同じような制作室です。製作しているものが、名刺・葉書から、マッキントッシュを使って写真や絵を入れた会社案内やリーフレット、ポスター、社内報など、デザインものの印刷原稿を中心に制作し、印刷用のフィルムを作るなど、かなりバラエティに富んでいます。検版の作業もこの階で行われていました。 二階は以前、コロニー利用者の寮(6人部屋)があったところですが、内装をかえて研修室と営業・営業企画部にしていました。理由は、どんなに障害が重くても福祉サービスを活用しながら、一市民として地域の中で暮らし、働きに行くという社会の大きな流れの中で、数年の準備期間をかけ通所化をはかりました。利用者は、今は一人ひとり自宅から通勤しています。 一階に下りてくると、ちょうど昼休み時間で食堂の前に列ができていました。 ②コロニーの利用者は工賃といわれる月ごとに給料があり、月に2〜3万円から、10万円を超える人もいます。利用者はこれに障害者手当と年金等を合わせたお金で毎月生活しています。国は障害者の一般就労の促進を目的に2000年にトライアル雇用制度を創設しました。この制度は、一般企業に障害者が適応できるかどうかを一ヶ月〜三ヶ月の期間で、仮就職というかたちで「トライアル」して一般企業で働くチャンスを提供する制度です。コロニー印刷所からも少数ではありますがこの制度で企業に就職をした方がいます。 |
4 コロニー印刷所の今後
見学に行く前にある程度の下調べをしていったにも関わらず、ケースワーカーの小川さんから伺った話は、知らないことばかりで大変興味深いものでした。 印刷所と聞いていたので、「大きな機械がたくさんあって、流れ作業でやっているのだろう」と思っていましたが、実際はパソコンを使って印刷する前の原稿を作ったり、雑誌の付録の作成などが主な仕事内容でした。障害があるからといって、就労時間が短いわけではなく、健常者の職員と同じ時間働いています。それは東京コロニーが利用者の一般就労を援助するということが目的の一つであり、利用者の働く意欲を尊重するというところから来ているようです。 今回見学するきっかけとなったのが、今年の5月1日に正式に発足したパン部門。指導する河野さんは、自分の子供がダウン症で子供の将来を考えて、歯科技師をやめ、パン職人になった方です。実際お会いしてみて、とても明るく、感じのいい方で、突然写真撮影をお願いしたにも関わらず、快く協力してくださいました。 |
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パンもオリジナリティがあって、小川さんおすすめの“おいなりさん”は他の人では思いつかないようなアイデアだと思います。パンを買って食べてみたところ、どれもおいしく、「パンのおいしさはその職人さんの人柄が関係している」という澤畠さんのお話を思い出しました。 知的障害者、身体障害者、精神障害者が一緒になって働いている様子は、職員と利用者の境があまり感じられず、とても暖かいアットホームな施設だなと見学していて思いました。しかし、この4月からの支援費制度の導入により、職員と利用者という立場をはっきりさせなければならなくなり、その意識改革が今後の課題だと小川さんはおっしゃっていました。「今のままでもいいのでは?」と正直思いましたが、そうもいかないようです。この数ヶ月で体制も大きく変わり、今後この施設がどのように変わっていくのか興味深いところです。 |
5 「フタバベーカリー」河野店長からのメッセージ
私たちの訪問後に、お世話になった河野店長から、次のようなメッセージをいただきました。 《コロニー印刷所・中野では、2003年5月から、バス停のパン屋さん「フタバベーカリー」がオープンしました。地域の方々と共にふれあうことができるお店です。店頭販売はもとより、中野区内の福祉事業所、障害者福祉事業団(ニコニコ事業団)、保健所等へ訪問販売しながら、日々の会話、すなわち「コンニチワ」「ありがとう」「おいしかったよ」「君の作ったパンはどれ?」「予約するから来週も持ってきてね」等々の会話、そしてお金の授受等によって社会性を身につけることを目的とし、自分の作ったパンを通してお客さんの「おいしかったよ」という言葉と笑顔が、仕事のエネルギーとなり、本人にとっての励みとなり、今日も頑張るぞと、みんなで喜びながらのパン工房です。そして、夢はみんなで粉を練るところから、成形、焼成、販売と自分たちの得意なところを合わせあって、本当の自立に向かっての作業を積み重ねていくことです。》 河野さんは、障害者の方々がこのような作業をすることができる環境を作るのが夢で、頑張っていらしゃるとのことです。心から応援したいと思います。 |