国境を超えた第二の人生
<Alpha Bakery>Nashville,TN37221 U.S.A

成田空港からヒューストン経由で約15時間、テネシー州の首都であり、カントリーミュージックでも有名な町『ナッシュビル』。
空港から車で40分、広い国道に面した場所にある<Alpha Bakery>は、地元で評判の高い、手作りのパンとケーキの店である。

オーナーの陳 沢禎さんは、中国出身の51歳、早稲田大学法学部卒業、日本のテレビ番組でも活躍するほどの有名なジャーナリストであり、執筆活動でも多忙な日々を過ごされていた。
その順風満帆の生活に区切りをつけ、まったく経験の無かった、製パン業という未知なる世界に第二の人生を賭けた人である。
<Alpha Bakery>開店に至るまで横浜本牧館の青木茂社長ベーカリーコンサルタントで櫛澤電機製作所の澤畠 光弘社長のバックアップで日本各地の有名パン店の経営者や技術者が全面的に協力し、指導に当たられた。そのおかげで短い時間で夫婦共に高い知識と技術を得ることができた。
開店後も軌道に乗るまで日本から優秀な職人が交代で技術指導に訪れた、その製法は今でもしっかりと守られている。

現在スタッフは平日で製造が7人、販売が2人、土日は増員体制を取っている。オーナーは主にフイユタージュ系を担当し、オーナー夫人はサンドイッチを担当している。オーナーの娘さんも高校が休みの時には、進んで手伝いに来ていた。
<Alpha Bakery>の商品構成はアメリカにいることを忘れるような商品が沢山ある。
あんぱんやメロンパンにカレーパン、惣菜パンにクリームコロネにロールケーキにアップルパイまで置いてある。
はじめは、全然売れなかった日本のパンも今はそれを目当てにした客層が多い事に驚かされる。
日本では、それほど苦労もかからない餡やカレーのフィリングも原材料さえ手に入れることが難しいこの場所ではかかる苦労も半端ではない。
それでも自家製にこだわった餡やカレーは、やっぱり美味しいし、評判のよさも納得できる。

土曜・日曜になるとお店は、日本人で賑わう。陳さんの紹介でいろいろとお話を伺うことができた。
まず来店方法は100%が車だった
次に店までにかかる時間は、10分から30分ぐらいが多く2時間以上かけてくるお客様も意外に多いことにビックリする。この店を知ったきっかけを聞くと、新聞に載った記事を見てきた人も中にはいたが、ほとんどが口コミで『この周辺(20km)に住む日本人は、当たり前のように知っている』と言い、その味の良さは、『日本とまったく変わらないよ』と言う、人気の秘密を聞くと味はもちろん、清潔感、接客の良さをあげる人も多かった。 皆さん口をそろえて言われるのがオーナーである『陳さんの人柄の良さ』に好感を受けたと言うこと。確かに僕の目にも陳さん自ら店先で接客する姿がとっても印象的で日本人以上に人との繋がりを大切に考えているように見えた。その暖かい心のこもった接客で日を重ねるごとに来客数を増やし続けている。

同じように製造スタッフからの信頼も厚い。音楽の流れる明るい雰囲気の工場内は、英語・日本語・中国語・スペイン語を巧みに使う陳さんの冗談が飛び、みんなが本当に楽しそうに仕事を進めている。
いつも笑顔で冗談を言う陳さんもアメリカの国について聞いてみると非常に険しい顔になり、語気を強めて語ってくれた。
  
自由の国と思われるアメリカの現状は、見ると聞くとでは大違いで、権力をもった役人は、異国の人間をとても厳しい目で見ており、少しでも不愉快な思いをさせたのなら簡単に営業停止にまで追い込まれてしまうと言う。その目に怯えながら毎日を過ごしている。
もうひとつアメリカ人労働者の質の悪さも悩みの原因だと言う。
過去何度もトラブルに会い裏切られた事も多いと言う、今では一人の信頼できる中国人にしか全てを任すことが出来ない、その為、陳さん夫妻の休日は限りなく少ない、アメリカ国内からの出店依頼も多いが、そんな事情が重なり断り続けている。

僕自身、ナッシュビルで多くのパン屋を巡り、その質の悪さと値段の高さに驚かされ、正直がっかりすることが多かった。 某有名なパン屋に陳さんと入った時、販売の女の子が陳さんに握手を求めてきた、そこで働いていたスタッフも<Alpha Bakery>に入社したがっていて店を辞めたと聞き、同業者の間でも最も注目されている店であることが伺えた。
<Alpha Bakery>が開店して以来、町全体のパン屋が確実に変わってきている。少しずつ美味しいパンが増えてきている、国境を越えたベーカリーがもたらした効果は、想像以上に大きかったのではないだろうか。

時間が許すのなら、陳さんの第二の人生をもう少し見ていたかった。
(報告 ホリデイ・イン 横浜 栄徳 剛)

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