連載の題名:甲斐の国から小麦の風 −わたしたちの小麦粉闘記③− 第3回目の題名:チロルの石臼を訪ねて |
リポーター |
知的障害者施設 緑の風(仮称) 設立準備担当/ 栗原えつこ |
八ヶ岳の麓、山梨県長坂町にも少し遅れて春がやってきました。 山梨県長坂町の近辺では、数年前からパン用小麦の「甲斐小麦」が生産されています。この甲斐小麦を、生産/製粉/製パンする、という流れを知的障害を持った人たちの仕事にしたい、と福祉施設をつくる計画を現在進めています。 前号には、福祉施設をつくるまでの動きを紹介し、昨年10月に山梨県へ福祉施設の建設に関わる申請書類を提出し、その認可を待っていることをお伝えしました。今年の3月12日に施設建設の補助金を交付するという内示が下り、3月15日に、その施設の運営母体となる「社会福祉法人緑の風」が認可されました。つまり、公的に福祉施設を建設し、運営することが国と山梨県から認められた、ということです。施設の建設は6月ごろに着工し、来年4月に施設が開所する予定です。パン用小麦の生産・製粉・パンづくりという一連の作業を知的障害をもつ人たちと一緒に行いたいという私たちの夢は、現実のものとなりつつあります。 もともと甲斐小麦は、長坂町のベーカリーinnoの猪原氏によって生産されはじめました。オーストリアのチロル地方で展開されているような、地元でパン用小麦を生産し、水車で粉に挽き、その小麦粉を使ってパンを焼くといった世界を長坂で実現したいというのが始まりであったようです。猪原氏は、甲斐小麦を自家栽培するとともに、周辺の農家に栽培を委託し、生産量を増やしていったということです。現在では、innoの猪原氏と㈱櫛澤電機製作所の澤畠氏を中心に、横浜のパン屋さんの有志の集まりであるホイートライフクラブと長坂町・大泉村の農家との間で甲斐小麦の栽培の契約が毎年行われています。昨年は6t余りの甲斐小麦が生産され、品質も前年より向上しているそうです。 現在、生産された甲斐小麦の製粉は他に委託されていますが、製粉を自分たちで行おうという動きが彼らの中から出てきています。先に述べたチロル地方産の石臼は、日本で用いられているものよりも硬度が高く、品質のよい小麦粉ができるそうです。「緑の風」では、この製粉事業を請け負わせてもらえることになっています。 3月上旬、澤畠氏と「緑の風」のスタッフが、このチロル産の石臼を輸入している福岡にある田中三次郎商店へ、電動石臼製粉機を見に行ってきました。この石臼は、熱をもたないために原料の風味をそこなわないという特徴があります。甲斐小麦は他の小麦に比べて原麦の状態でとても風味が強いので、その香りがそのまま残るような製粉ができれば、甲斐小麦でつくったパンはとても特徴のあるものになると思います。また、硬度の高い自然石を固めたものなので、小麦を挽く力が強く、石が削れないので、品質の高い小麦粉ができあがるということでした。さらに、この石臼は製粉能力が高く、日本の石臼製粉機に比べ、1時間あたり数倍の小麦を挽くことができるそうです。 「緑の風」では、この製粉を知的障害を持った人たちの仕事として行っていきます。この石臼は、粉食文化圏であるオーストリアのチロル地方でつくられた製品とあって、とても優れた機械ですが、取り扱いが簡単で機械のメンテナンスも簡単に行えるので、彼らにとっても取り組みやすい仕事のひとつになると期待しています。 |
![]() チロルの石臼 ![]() 田中三次郎商店の田中社長による 小型石臼粉機での実演。原麦を入れる。 ![]() 小麦を生産する予定の畑。 |
「緑の風」では、製粉だけに限らず、甲斐小麦の生産も行っていきます。甲斐小麦を生産するために、施設の隣りに約2千㎡の畑地を借りることができました。今年の10月から、甲斐小麦の種を播きたいと考えています。まだまだ、想いばかりが先走っていますが、周りの農家の方々の知恵を借りながら、安全・安心なおいしい小麦をつくっていきたいと思っています。福祉施設「緑の風」が始まる頃には、甲斐小麦の青い波が私たちを出迎えてくれることになるでしょう。 |