〜B&C 2003-7-8 パンニュースより〜

連載の題名:甲斐の国から小麦の風 −わたしたちの小麦粉闘記⑩−
第10回目の題名:甲斐小麦の生産と製粉に…粉闘中

リポーター 社会福祉法人 緑の風
設立準備担当/ 栗原えつこ

山梨県長坂町に少し遅めの春が訪れ、雪山は一変、新緑の燃えるような季節となりました。

パン用の小麦である硬質小麦は、北海道のように冬が寒くて長くないと育てるのが難しいといいますが、長坂町も同様。甲斐小麦を育てながら初めて過ごした冬はとても厳しく、春の日の暖かさを心待ちにしている気分はさながらヨーロッパの入のようでした。
桜が散って日に日に暖かさが増すと、それに呼応して甲斐小麦は日一日とぐんぐん目に見えて生長していきました。寒い冬の間、甲斐小麦が雪に埋もれ、ずっと姿が見えないと、冷たい雪の下で本当に大丈夫なのだろうか、と心配がつのりましたが、さすがに北国育ちの小麦は丈夫。私たちの心配をよそに、青々と繁っています。山梨県の農業普及員の方に話を聞くと「雪が降るならずっと埋もれていたほうがいい。雪の下は暖かいから。逆に積もって融けて…を繰り返すと、豊富に水分を含んだ土が氷点下の気温で凍って根を傷めてしまうからね」ということでした。

私たちが育てている場所は標高約1000㍍。土が凍ることによる凍上害が心配だから、もしかしたら秋 播きではなく、畑の雪の名残りが消える2〜3月に小麦の種を播く方が生育がそろうかもしれない、とのことでした。次のトライは今度の秋から冬。一年に一度という、作物を育てるスパンの長さを改めて実感しました。去年の秋に種をまいてじっと生長を待っていた甲斐小麦は、5月下旬になってすっかり初夏の陽気になってきた頃にーつ2つと穂が出てきました。あの小さかった小麦の一粒一粒が半年も待つと何十倍にもなってくれるのを見ると本当に嬉しい。ほとんど放任状態で育ててきたのに、こんなに立派になって、としみじみと喜びをかみしめました。

私たちの福祉施設「緑の風」は、今年の4月にオープンして活動が始まり、去年収穫された甲斐小麦の製粉も同様にスタートしました。

甲斐小麦の製粉は横浜のパン屋さんたちのグループと委託契約で行なっていて、オーストリアのチロル地方の石臼を使っています。小麦を挽くのと粉をふるうのは電力で機械がしてくれますが、だからひと安心とはなりませんでした。小麦を流し口に入れてスイッチをオン。それが石臼を動かす基本動作ですが、石臼が小麦を挽く音を聞きながら、小麦を流す量と石臼のかみあわせ具合を調節し、ふるわれた小麦の状態とふすまの砕ける細かさと量を確認し・…一時も気を休めることのできない真剣勝負です。障害をもつ人たちの仕事は、異物の混入を防ぐための選別、挽砕、計量、袋詰め、製品の保管 と搬送など、全工程に関わっています。挽き始めの頃にふるいのメッシュが何度か破れ、石臼の輸入元である福岡の㈱田中三次郎商店の技術者の方と何度も電話やメールで相談し、はるばる山梨まで技術指導にきていただいたりして、小麦の挽き方やふるいの物理的な構造を改良してもらい、2ヵ月経って何とか安定して小麦を挽く状態を作り出すことができました。

しかしこれで安心、とはならず、今度は小麦粉の味の問題が出てきました。通常の製粉工場はロール製粉という方法で粉を挽いていて、これは小麦の外殻を開いて中の粉となる胚乳の部分を粉にする手法ですが、石臼挽きは小麦の外殻ごとすりつぶす挽き方なので、どうしても外殻の細かくなった部分 が粉と一緒にふるわれてきます。だから、ロール製粉の小麦は真っ白になりますが、石臼引きの小麦は全粒粉の風合いのある、茶色っぽい小麦粉になります。通常はふすまとなるこの外殻は食物繊維やビタミン・ミネラルが豊富で栄養価的に高い評価を受けていますが、同時に苦味などももっています。栄養的にも食味的にも高いバランスを保っていくことがこれからの製粉での課題となっています。

大きな製粉工場はどこも研究所を持っており、生育地や気象条件に品質が大きく左右される作物である小麦を原料としながらも、安定した小麦粉を供給できるように色々な品種をブレンドしたり小麦から抽出したグルテンを添加したりしています。そうして安定した小麦粉の品質が保たれています。私たちが甲斐小麦を挽いていても、同じ山梨県の一地方で同じ年度に生産された甲斐小麦でも、育てられた畑によって粉の状態が微妙に変わってきます。きちんと設備の整った研究所などをもっていない今の状態では、高い一定の品質を保つということは難しく、作物の小麦の質が小麦粉に反映してしまうのは避けられません。けれどもそれこそ大地の恵みである作物なのだ、とも思うのです。工業製品ではない のだから、その時・その場所のの味をもっともっとかみしめても良いのでは?食を足元から見直そうという時代の流れの中を一緒に泳いでいきたいものです。

5月末から小麦の穂が出始めました。




石臼のかみ合わせ具合をハンドルで調整しているところ。


緑の風の西南に青々と小麦畑が広がっています。
もちろん、甲斐小麦の小麦粉の品質の向上と安定はつねに目指していきます。パン屋さんや石臼のメーカーなど、多くのプロの方たちと相談しながら、より風味豊かでおいしい小麦粉が挽けるように—。

食を見つめるということは、私たちの毎日の暮らし方を見つめる、ということにつながっているのだと、 小麦粉を見ながら思いました。


甲斐小麦の収穫を見てきました!(2002年7月6日)

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